右も左も判らないグラフィックデザイン志望の学生だった芸大在学中に、突然“漆”の話を熱く聞かせて下さったのが、かの人間国宝松田権六先生であった。声も太くて、つややかな手、そして眼光鋭い顔をしていた。熱いツバキが顔に当たった記憶さえもまだ残っている。厳格で気の遠くなるような技の世界であった。あれが芸大で教わった最初の“日本”(Japanの語源は“漆”である)だったのだ。一方、子供の頃、祖母の家に素朴な絵の付いた漆器があった。漆器というよりは、簡単なうわ薬のついた普段使いの木製雑器という感じだった。強度のための簡単な漆塗りが長じた結果、浅い色の漆器になっていったのではないかと思う。それ故に、墨絵を施しても透視出来る。それが春慶塗の特徴になったと想像している。素朴な生活の知恵が、地域の風土、慣習によって様々に枝分かれしながら、様式化されていくのがとても面白い。
今回のプロジェクトはプロダクト系のデザイナーが多かったせいもあるけれど、私は、グラフィックデザイナーの立場を生かしつつ、春慶塗の特徴の復活を願って、直感的に絵を置いてみようと思った。親元を離れ、東京の専門学校でイラストレーションを勉強していると聞いた職人の娘さんのことが眼に浮かんだからでもないけれど、やはり、春慶塗には絵があってもよいのではないかと思った。