一本の箸に穴をあけることは、位相幾何学でいうフランスパンに穴をあければドーナツの形となり、形態学上の性質は全く異なるものになるというドイツで教わった学説にも通じる。そこでとにかく箸に貫通穴をあけて形態学上違う箸を試してみたかった。情緒的には朝食の時に斜めから差し込んだ朝日が箸を貫通する光に今までにない異体験をしてみたかったのである。
従来の箸に穴をあけることがこんなに困難であったとは自分にとっては思わぬ誤算であった。地域の業者はすべて不参加、木工椅子業者で一人、見本を作っていただいたが、量産化はできないということで辞退された。
このプロジェクトはセットで対応しなければならない。私はセットのデザインよりもまず箸を作り、箸を中心に盆、椀をデザインする方針で考えた。デザインはまとめて提出したが、私にとって中心となるべき箸が制作不能のまま中断した状態であった。コーディネーターの必死の努力の甲斐もあって、隣県の福井県小浜で木地を作れるところがようやく見つかり、これで私の課題はクリアできた。穴開きの箸は世界一軽い箸を目指した訳ではない、存在感のある軽い箸を願ったのである。