漆は伝統工芸という、私にとっては未知の領域である。長い間、漆はデザイナーになった自分にとってとてつもなく遠い世界であった。私が出た大学では工芸科に漆専攻があり、学生は身体中漆にかぶれては慣らし、日々精進していた。そこは、歴史の浅いデザイン科の学生などは近寄れる世界ではなかった。よって、自分 にとって漆の世界に入るということは、避けて通ってきた漆黒の森に一歩踏み込むほどの特別なことだったのである。
こんな状態で椀と箸の世界に自分が積極的に介入する自信はあるはずもなく、まず盆を考えることから始めることにした。
私が考えた盆の名前は、「文庫盆」と「新書盆」。文庫本と新書本は、幅が同じで高さが違う。盆の奥行きを、その高さ違いで二種類つくってみるのはどうか。横長の盆の中に縦に置く細長い方形の板皿を一つ挟んで、ちょうど四冊の本がぴったり収まるサイズを割り出してみた。さて、こんな横長の盆が出来上がってしまって、椀と箸を添えてみて、はたしてどうだろうか。デザインが、近代化の波に消えつつある伝統工芸の森に、新たな光合成を促す一筋の光になればいいのだが。