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伝統の未来

金工 金工

金属の利用は人類史における画期であり、考古学の領域では青銅器時代、鉄器時代というように、時代区分の指標ともなってきた。金属器を作り出すための炉、燃料になる木・石炭といった道具や材料、それを運用するための化学的な知識、火力のコントロールなどを習得した人類は、飛躍的に生活領域を広げ、生産力を増し、階層を分化させ、激しい抗争を繰り広げながら文明を築き上げていった。

金属を自在に操る巨大文明のほとりに勃興した日本は、鉱物資源にはさほど恵まれず、現代でも鉄、銅、亜鉛、鉛、金、銀、ニッケル等の、工業原料となる鉱物資源のほとんどを海外鉱山から調達している。しかし同時に、海外の鉱山開発への参加や製錬加工、新材料の開発、資源リサイクル、そして金属を原料としてさまざまな製品を作り出す製造業、電機・自動車などの組立型産業、さらに板金、切削、めっきなどを中心とする加工業まで、金属に関わる多彩な業種を発展させたことで、近代に大きな成長を遂げたとも言える。

この大規模な金属産業の中から、今回の展示で注目したのは、金属を材料とする「日常の道具」だ。たとえば、軽く熱伝導のいいアルミであれば、打ち出しの雪平鍋がある一方、軽さを生かしたソリッドなアイスクリームスプーンがある。また融点の低い錫の柔らかさを利用し、引っ張ったり曲げたりすることで、花器やかご、照明のシェードなどへと自在に形を変え、用途を限定しない「曲がる器 KAGO」があるかと思えば、「傷つきやすい金属を磨く」という矛盾をはらんだ研磨によって仕上げ、使用中に細かい傷を受けながら、いわば使い手に寄り添って「成長する」錫の酒器もある。鉄、銅、錫、真鍮、アルミ、ステンレス・特殊鋼、琺瑯といった種別ごとに、伝統を継承する生産者と、伝統を踏まえた上で現代人の生活に寄り添う生産者という、二つの方向性を持つ製品を対照させることで、現代の日本における日常の道具としての金工の魅力を浮かび上がらせた。

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日本人と金属加工の技術|
監修:川上元美

金属の加工技術が伝来したのは弥生時代。それ以降、日本人は技を磨き、祭器や武器、仏像などの非日常的なものから、鍋釜などくらしの道具を様々に生み出しました。ここに並ぶ金工品は「日常の道具」という視点で選定を試みたものたちです。伝統を継承する金工と、現代人の生活に寄り添う金工。この二つを対照することで日本の金工の伝統の未来を感じていただきたいと思います。

鉄・鋳物

鋳物が作られたのは紀元前4000年のメソポタミア時代に遡ると言われています。融点が低く硬い、銅と錫の合金である「青銅」が、人類の金属器への道を開いていき、やがて高温で鉄を加工する技術の進歩とともに、人類は鉄器を用いるようになりました。刃物として優れた性能を持つ鉄器は、金よりも高い価値を持っていたと推測されています。

日本に鋳物技術が伝わったのは、紀元前と言われていますが、1世紀ごろには銅鐸や銅鏡、銅剣など、高度な鋳造が行われています。シリカを主成分とする山砂は鋳型に適しており、木型や蝋型から砂で雌型をとり、そこに溶かした金属を流し込んで作る製法は徐々に成熟を見せ、やがては仏像や梵鐘がつくられていきます。砂鉄を産する地域には、鉄器の製造が伝わり、炭を高温で燃やす「たたら」の技術は、「日本刀」という高度な刃物の生産技術の背景となりました。

東北地方には、現在も古くから伝わる鋳物の技術を用いて鉄器の製造を今に伝える産地も少なくありません。ここでは岩手県や山形県で、現在生産されている鉄瓶をいくつか展観します。鉄の鋳物独特の肌合いや、鉄器の表面積を高める工夫と言われる「あられ」と呼ばれる表面の突起など、暮らしの中で育まれてきたかたちをご覧ください。

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ここでは茶筒や金網を紹介していますが、緻密な加工や、腐食に強い点から食文化に近いところで成熟を遂げてきた日本の伝統工芸における銅の特性にご注目ください。

銅は加工性がよく、腐食に強く、熱伝導の良さや、殺菌性に優れている点などから、身近なさまざまな用途で使用されてきており、私たちの生活に欠かせない存在となっています。

銅は融点が低く、炭の燃焼で溶融できることから、人類の最初の金属利用は銅あるいは青銅から始まったとされています。圧延や押し出しなどの塑性加工もしやすく、展延性に優れた金属でもあります。また、切削の仕上げ面が美しい点や、合金によって多彩な色や加工適性の変化を生み出せる点も、銅の特徴のひとつです。

また、熱した状態での鍛造性に優れるため、複雑な製品の加工にも向いています。さらに、銅は抜群の熱伝導性を誇り、これが高級調理器具に使われる理由となっています。銅の鍋やフライパンは、熱が素早く均一に伝わるために、微細な温度調整が必要な、プロ用の調理器具として重用されています。

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金や銀に匹敵する品格を感じさせる錫は、純度の高いものになると大変やわらかく、薄いものは手で容易に曲げることもできます。金槌で叩いて槌跡を残していく加工技術も、より繊細・瀟洒な表情へと高度化していきます。おのずと手に触れた時の味わいも深いものになります。

酸化しにくく 抗菌作用が強いという特性は、「錫の器に入れた水は腐らない」とか、「酒が美味しくなる」という諸説が生まれる誘因になっているようです。

ここでは、柔らかい特性を生かした細い構造体の「曲がる器」や、手触りの繊細な酒器を中心に展観しています。

純度の高い錫は明るい銀色ですが、一部の杯は内側に金箔を配しています。陶磁器とは味わいの異なる杯の風情にご注目ください。

注ぎ口と把手のついたものは、酒を温める「ちろり」と、同じ酒を温める器ながら、酒が冷めないように杉蓋のついた「たんぽ」です。

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真鍮

真鍮は銅と亜鉛の合金で、耐腐食性が強く、加工が容易で、太古から様々な生活用具に使用されてきました。日本でも正倉院に、奈良時代に中国から輸入された真鍮製品が納められています。身近なものでは5円玉、ドアノブなどの建築金物、仏具や楽器の材料としても活用されています。素材の持つ風合いが柔らかく、最初はピカピカしていますが、使いこんでいくうちに表面が酸化して独特の味わいが出てくるところに特徴があり、人や場所に馴染んでいく素材であるともいえます。

ここでは、砂型鋳物で作られたランプシェードやトレイ、「曾呂利(そろり)」と呼ばれる、文様のない、細くしなやかな形をした花入や、仏具「おりん」などを紹介しています。ランプシェードやトレイには、鋳造時の砂型の「鋳肌」が味わいとして生かされています。

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アルミニウム

最大の特徴は「軽さ」にあります。実に鉄や銅の3分の1の重さであること。そして融点が低く、強度もあり、紙のように薄いアルミ箔から、建材に用いられるサッシのような複雑な押出成形品まで幅広く高精度の加工ができます。つまり、軽量かつ精緻な工業技術と相性がいい点にアルミニウムの長所は集約されます。

ここで紹介している掛け時計は、砂型成形技術を用いていますが、高い精度で運用されており、鋳物のイメージを覆すような洗練された仕上がりとなっています。

アルミ鍋は鉄と比較して熱伝導性が高く、なんといっても軽い点が家庭用の調理道具として好まれています。

アイスクリームスプーンは、アルミの軽さと、加工精度を象徴する製品です。表面を磨き上げて加工していくことで、防食や抗菌作用も高まります。

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琺瑯

鉄、銅。アルミニウムなどの金属材料の表面に、カラス質の釉薬を高温で焼き付けたものを「琺瑯」と呼びます。

ガラス質は安定していて、衛生的かつ移り香がしないなど、接触する食材の味に影響を与えません。また、調理したものを入れっぱなしで保管もできます。ただ、ガラス質ですので、乱暴に扱うと割れ、急な温度変化で損傷することもあります。

琺瑯は表面コーティングの技術ですから、内側にある素材の特性はそのまま受け継がれます。鋳物に吹き付けた琺瑯鍋は、鋳物鍋と同じ特徴を持つこととなり、当然ですが重い鍋となります。鋼板をコートした鍋は、熱伝導の高い銅鍋の特性を受け継ぎます。アルミ鍋は当然軽いものとなります。

ここで展観しているのは、日常使いのポット。そして食べ物の保存容器です。金属独特の緊張感がなく、暮らしにほっと一息をつかせてくれるような、安心感のあるたたずまいです。

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ステンレス・特殊鋼

今日では鉄を基本として、用途に合わせて多種多様な合金や、表面の加工技術が生まれてきました。

ステンレス鋼といえば、錆びにくく、汚れにくい鉄という印象がありますが、これは鉄にクロムやニッケルを含有させた合金鋼で、大気中の酸素が酸化剤となって「不動態化皮膜」という酸化皮膜を表面に形成し、錆にくさを維持する特性をもたせたものです。

鉄の強度には色々な側面があり、錆びにくさ、硬さ、粘り、耐熱性など、用途によって求められる強度は異なります。刃物においては「切れ味」が、ジュエリーや手術器具などにおいては「対アレルギー適性」が求められます。

ここで紹介している製品は、ペンチやラジオペンチ、ニッパーや爪切りといった、手に持ってものを加工するための道具類です。錆びにくさや汚れにくさはもちろん、道具としての精度、そして壊れにくさ、刃物としての切れ味の良さなどを、長年にわたる開発や研究を続けてきた新潟の三条市の製品です。合金の組成や「焼きなまし」への工夫などによって、世界に貢献できる日本品質を生み出しています。

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