サイトメニュー
CLOSE

伝統の未来

漆 漆

平成25年度の産地実勢調査によれば、伝統的工芸品産業の従事者数の減少傾向は相変わらず止まっていない。しかし、世代年齢構成では20~40歳代が微増に転じ、50歳代以上が減少するなど、わずかに若い世代に増加傾向が見えはじめている。また指定伝統的工芸品産地の全体生産額では平成23年度に、伝統的工芸品生産額では平成24年度に、底を打ったと思われる数値を示した(一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会)。こうした傾向が、何らかの価値観の変化とともに、制作に従事する者と消費者の双方で今後も継続するのか、あるいは短期的なものに終わるのか、いまだ判然とはしていない。

そのような状況下で、〈japan〉の名を冠され、日本を代表する伝統的工芸品の一領域を占めている漆工芸では、どのような工夫が行われているのだろう。

縄文時代にさかのぼる長い利用の歴史や、そこに投影されてきた公家、武家、町人など各階層の文化の厚み、地方ごとの多様性は、漆工芸に固有の貴重な資源だと言える。これを継承し、洗練を加えていくことは、漆工芸が生き延びていくための、重要な活路であろう。一方で、日本列島における1万年以上もの漆利用の端緒となった、耐水性、防腐性に優れた塗料、もしくは接着材としての機能に注目する視点もある。いったん既存の評価軸から離れ、触感、抗菌、防水、絶縁、耐久、固化、柔軟、接着、防汚といった漆が持つ機能と、それを媒介する金属、土、紙、ガラス、樹脂、革などの素材を、現代の目と技術によってとらえなおした時、伝統的な技法や情趣、あるいは「用の美」というコンセプトから出発するのではたどり着けない、新しい「解」へと到る可能性があるのではないか。機能や情趣を非日常の水準まで追究する過剰を戒め、日常に踏みとどまる漆のあり方に未来を見出そうとする平熱の試みにもまた、豊かな結実の予感がある。

  • 続きを読む
  • 折りたたむ
漆+素材=性能|
監修:小泉 誠

漆は、塗料や接着剤として使われてきた「性能素材」です。漆器というと木製木地の椀などが一般的ですが、古くは、紙、竹、布など様々な素材に塗られることで、優れた性能を発揮してきました。ここでは改めて「漆+素材」に向き合い、地域の特色が現れている各地の「椀」、漆の経年変化を美と捉えた「根来」を展観し、漆の多様性を見つめます。

風化の美を表象する「根来」

日本の漆芸には「蒔絵」があり、豪奢かつ精緻な造形は漆芸の一つの極まりをなすものです。「根来」はその対極にあります。黒漆の上に朱漆をかけた簡素・簡潔なもので、鎌倉から室町の時代にかけて隆盛した禅院「根来寺」で、修行僧が用いたものが原型となって広まりました。日用の道具である膳や盆、皿や椀を基本とするもので、長い年月の使用を経て、朱漆が磨り減り剥落して下地に塗られた黒漆が透けて見える風化の妙に、朽ち果てていくものの美しさを顕現させています。いわば生成の美ではなく退行していく風情として、根来の美は見たてられてきました。侘びを表象するものとして、茶室や庭、楽茶碗などがありますが「根来」もその代表的なものの一つとして、ここにとりあげています。

「椀」を産地別に一望する

日本全国には北から南まで様々な漆器があります。木地の加工やその塗り方、色の出し方などは実に様々ですが、いずれも、用の中で磨かれた独特の形を持っています。ここでは産地の多様性とその特徴の一端を展望する意味でそれぞれの産地から「椀」を取り寄せてみました。

北から、青森の津軽漆器、秋田の川連漆器、岩手の浄法寺漆器、福島の会津塗、長野は木曽漆器、石川は輪島塗と山中漆器、福井は越前漆器、和歌山の根来塗、そして香川の香川漆器です。

もちろん、漆は様々な工芸品に用いられていますが、最も身近な「汁椀」として眺めることで、その多様性を実感していただけるはずです。

技能、伝統、古典

漆というと、美しくも傷つきやすく扱いにくい高級な工芸品を想像しがちです。しかしながら、漆は本来様々な素材に塗布されることで、数々の優れた性能を発揮してきました。ここではまず、一旦審美性から離れて、その機能に着目した実験を試みることから、漆をとらえなおしてみることにしました。布に漆を染み込ませて木地に貼り付けて触感を増したり、耐水性を補強したり、抗菌、絶縁、防汚といった機能を強化したり、さらには金継ぎのような強い接着性を発揮したりと、八面六臂の活躍をしてきています。

「伝統の未来」展では、金属、木、紙、ガラス、樹脂、皮革、土など、多様な素材への具体的な適用を通して、漆への理解と、その可能性を探っています。この実験的なパートは小泉誠が担当しています。