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伝統の未来

陶磁器 陶磁器

人類史に大きなインパクトを与えた道具は枚挙に暇がないが、その最右翼として指を屈すべきは、土器に始まる「やきもの」だろう。焼成という化学変化によって、粘土が水に溶けない性質へ変わることを利用した新たな道具は、食物の煮炊きを可能にし、定住と軌を一にして普及、人類の生活を画期的に向上させ、人口を増大させた。縄文土器で知られるとおり、日本列島ではこの土器の出現が突出して早かった。そして現在、日本は世界でも類を見ない数の陶芸作家が活動し、陶芸趣味のアマチュアがその裾野を形成、大規模なメーカーから家族経営のメーカーまでが割拠する、陶磁器王国の側面を備えるようになった。

全国に222品目が存在する伝統的工芸品の中で、陶磁器は31品目と、織物の36品目に次いで全体の約14%を占める主要な産品だ。伝統的工芸品全体では昭和54年の約5,400億円から平成24年までに約1,040億円と約5分の1まで減少しているものの、伝統的工芸品に指定された陶磁器産業の生産額は、昭和55年の約400億円から、平成21年の約210億円と下げ幅はやや小さい範囲で収まっている。全国の陶磁器製和飲食器と洋飲食器出荷額で見ても傾向は同様だが、視野を「無機質固体原料を高温で熱処理することによって改質させ有用な材料として供給する工業」、すなわち窯業にまで広げて考えるなら、従来のセメントやガラス、耐火物、さらに電子・情報技術、精密機械技術など先端分野で必要とされるファインセラミック製品なども含まれてくる。

近世から輸出産業としての側面を持ち、絵付け顔料や釉薬の毒性、あるいは焼成時の燃料や排出煙といった衛生・環境問題にいち早く取り組んできたことなど、陶磁器産業は伝統的工芸品産業の過去から未来までを、先取りして経験してきたともいえる。その幅広く多様な経験の中に蓄積された提案や工夫、新しいビジョンに、進むべき道が見出せるのかもしれない。

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古窯からプロダクツまで
監修:小泉 誠+原 研哉

陶磁器の世界は多様かつ広い。ここではそれを「古窯」、「現代作家」、「工業製品」、「部品陶器」に区分し、その広がりを展望してみます。六古窯のひとつで、ルーツを古墳時代の須恵器にまで遡る「備前焼」、八面六臂の活躍を見せる「内田鋼一」、長崎の波佐見で白磁の定番商品をつくってきた「白山陶器」、そして昭和初期の、日用雑器の部品として用いられた陶器。この多様性の延長に日本の陶磁器の広がりを想像してください。

備前焼

備前焼は日本六古窯のひとつ。古墳時代の須恵器に端を発すると言われ、大陸の影響を受けない独自の風姿をもつ陶磁器です。釉薬を一切使わず、堅く焼き締められた肌合いや、焼成時に降りかかった灰が自然釉となる有機的な文様に特徴があります。地味な佇まいですが、静謐さの中の奥深い味わいがあり、桃山時代には茶陶として人気を博しました。その後は安価な磁器の台頭によって日常的な水瓶や擂鉢、酒徳利の生産に戻っていましたが、昭和にはいって金重陶陽が茶陶の伝統を蘇生させ、重要無形文化財「備前焼」保持者となりました。

伝統と現代性との間を揺れ動く葛藤は、今日の備前にも根深く存在しますが、古典や茶陶の原形を乗り越え、進化させようとする陶芸家たちの熱意で成熟を続けています。ここではたおやかな正統を感じさせる金重有邦、備前の先端を生み出そうとする隠崎隆一、若く切れのある造形で備前焼に向き合う矢部俊一の、それぞれの作風を紹介しています。

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内田鋼一の仕事

内田鋼一は世界各地を放浪しながら窯業の村を訪ね、そこで暮らし、時間を過ごすなかで様々な土と出会い、独自の表現を体得してきた作家です。異国から取り寄せた異形の植物を植える大壷から、日用品としての急須や湯呑みまで、作り出すものは多様です。器の原型を彷彿とさせるような素朴さと、現代的な繊細さが同居する作品は、様々なジャンルから注目を集め、伝統的な陶芸家とは異なる活動領域を生みだしながら仕事をしています。土や技法に縛られない自由な創作活動の中には、日本の美意識がしっかりと潜んでいるようにも見えます。若い作り手が台頭し始めている今日の新しい陶芸の文脈を代表する意味で、ここでは内田鋼一の仕事を取り上げます。

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波佐見焼|森 正洋

長崎の波佐見で、日々の暮らしに供することのできる量産ものの白磁を手がけてきた森 正洋の一連の仕事は、一品ずつ異なったものとして制作される陶芸家の陶磁器とは一線を画する工業製品でありプロダクトデザインです。飯碗や急須、醤油差しといったものたちは、個性を始末し、機能や有用性に徹し、安定した品質を保つ量産品として高い完成度を持っています。日本の食生活における定番といっていいほど、よく見かける、プロダクトデザインに向き合う良心が結晶したような製品群です。「安物を大量に作って、と言われるけれど、そういう数量をコンスタントに生み出していかないと、産業とは言えないと思うのです」と語っていた森 正洋の言葉とともにご覧ください。

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部品陶器

昭和の匂いのする部品陶器の数々は、陶芸作品とは異なる懐かしいかたちやテクスチャーを持っていて、コレクションアイテムとしても注目を集めはじめています。それは凸凹のついた頭の治療用まくらであり、水道の把手であり、コンセントタップであり、スイッチの土台です。あるいは、漏斗とおぼしきものや、テープカッター、壁にネジで取り付ける式の小さなフック、果てはトイレットペーパーのホルダーまであります。

要するにこれらは、陶磁器というものが常套的に守備範囲としてきた「壺」や「碗」や「皿」や「瓶」や「杯」ではなく、日常のひそやかな場所で息をしているものたちのために、工夫され、生まれてきたかたちです。そのささやかな幸せの気配にご注目ください。

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